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こうのす広場編集部 TOPICS

渡辺綱ゆかりの宝持寺の住職が綱公と箕田を語る【埼玉県鴻巣市】

鴻巣市文化団体連合会「第17回市民文化講演会」

鴻巣市文化団体連合会が「第17回市民文化講演会」を2026年1月19日にクレアこうのすで開催。現在の同市箕田に生まれ、酒呑童子を倒したと伝わる平安時代の武将「渡辺綱」と、綱が建立したとされる「宝持寺」について、馬場知行住職が語りました。

藤秀会のめでたい民謡で開会

市内の文化団体でつくる同連合会は、2025年4月現在422人が加盟しています。

今回はオープニングを民謡団体「藤秀会」が飾り、北は山形県から南は宮崎県まで、6県のめでたい民謡を披露して大きな拍手が送られました。

新春にふさわしい民謡を聴かせた「藤秀会」の皆さん

全国各地の伝統を歌う会員たち

華やかな演奏でスタートを飾ります

綱が創建したと伝わる宝持寺を解説

そして、綱が祖父や父の供養のために建てたと伝わる「宝持寺」馬場住職が登壇しました。

 

最初に、寺について解説。

現在は禅宗の曹洞宗の寺ですが、創建時は、奈良時代に西日本に伝わった律宗だったと言います。

 

そのため本堂は、律宗の施設だった唐招提寺風の造りで、大きな屋根が特徴です。

 

また、寺の中で最も古いのは、本尊の釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)。鎌倉期のものといわれ、高さ80cmほど、光背を入れると1mほどだと紹介しました。

平日にもかかわらず、多くの市民が訪れました

「渡辺綱公千年祭」(2025年開催)でにぎわう宝持寺の本堂

箕田生まれ、「渡辺」姓の祖・渡辺綱とは

次に綱について、嵯峨天皇の第十二皇子「源融(みなもとのとおる)」に始まる嵯峨源氏の5代目だと語りました。

融は光源氏のモデルの一人ともいわれ、綱も美貌を受け継いでいたとされています。

 

幼い頃両親を亡くした綱は、おばに引き取られて摂津国西成郡渡辺(今の大阪府)に移住し、地名からとった「渡辺」姓を日本で最初に名乗ったと伝わっています。

 

そして源頼光に仕え、剣の達人として知られた綱は、酒呑童子や茨木童子を倒し武勇伝が有名です。

 

しかし、馬場住職は、「地元鴻巣でも、綱が箕田生まれだと知らない人が結構いる」と言います。

2025年秋に「渡辺綱公千年祭」を盛大に開催

そんな中、昨年25年10月26日に、綱の没後千年記念となる「渡辺綱公千年祭」を大々的に開催しました。

主催は、まちの人らでつくる渡辺綱公千年祭実行委員会。

落語や歌手のステージ、地元小中学生の発表、キッチンカー登場、武者行列など盛りだくさんの内容で祝いました。

 

また、同じく綱にゆかりがあり、隣接する氷川八幡神社でも神事やお囃子演奏などを行い、大規模なイベントとなりました。

 

法要では、200年前の800年祭の記録と同様に、隣の真言宗の寺・龍昌寺の住職が大導師、馬場住職が副導師を務める、宗派を超えた珍しい光景が見られました。

「渡辺綱公千年祭」の法要の様子

渡辺綱と酒呑童子の驚きの共通点は〇〇〇⁉

馬場住職は、千年祭開催のきっかけを、4~5年前に、酒呑童子の生誕地と伝わる新潟県の弥彦神社の近く(編集部注 諸説あります)を訪れたことと話します。

 

「そこでは退治された鬼の方がお祭りされているんです。こっちは退治したヒーロー。行事をやらないのは綱に対して失礼。まして千年祭のタイミングとあり、皆さんに手伝っていただきました」と話し、会場の笑いを誘います。

 

また、「酒呑童子と綱の唯一の共通点が、美男子だったそうです。酒呑童子は女性に人気だったそう」と明かすと、会場から「ええー」という驚きを笑い声が起こりました。

わかりやすく楽しい内容の講演が好評だった馬場住職

地域の発展を願って 綱の箕田への思いとは

馬場住職は市民に、「箕田という地域の風土、どういう所かを知ってくれたら」と話します。

千年前、野菜がよく育つ肥沃な土地の箕田には人が大勢住んで栄えており、直線で500mの間に3軒の寺があったと説明。

そして、「箕田はもっと発展してもいいのではないか。綱さんがお寺を作った町への気持ちを考えると、もっと発展するよう希望があったのではと思います」と語りました。

 

来場した女性2人は「素晴らしかったです。歴史をひも解いてもらって、身近に感じました」「箕田という土地の歴史に改めて興味を持ちました」と声を弾ませます。

 

同連合会の会長も「素晴らしい、わかりやすい内容で、皆さんが地元の歴史に興味を持ってくれたらうれしいですね」と話します。

 

馬場住職は、綱の時世の句「世を経てもわけこし草のゆかりあらば あとをたづ(ず)ねよむさしののはら」(意味 時代が移っても、私が分け入って歩んだ草に縁があるなら、足跡をたどってほしい、武蔵野の野原よ)の通り、市民には郷土へ関心を寄せてほしいと願います。

「地元が盛り上がるために、千年間で自然災害が少ないという地域の風土や、綱さんが生まれたということを後世に残してほしいですね」と話しました。

「渡辺綱公千年祭」での武者行列

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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